バイオインフォマティクス夏の学校2006 講演要旨


成松 久 (なりまつ ひさし)  産業技術総合研究所
「バイオインフォーマテイクスによる糖転移酵素の網羅的探索と基質特異性解析、 糖鎖ライブラリーの構築と糖鎖構造解析技術の開発」
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最初のヒト糖転移酵素が1986年にクローニングされて以来、2001年の4月までに 110種類のヒト糖転移酵素遺伝子がクローニングされていた。糖鎖遺伝子という造語は、 糖転移酵素、糖鎖に硫酸を転移する硫酸転移酵素、糖ヌクレオチド輸送体などを含む。 我々は、2001年4月にヒト糖鎖遺伝子を網羅的に解析する糖鎖遺伝子プロジェクト(GGプロジェクト)を開始した。 バイオインフォマテイクス手法にて新規な糖鎖遺伝子候補を105種類見つけ出した。 すべてをクローニングし、リコンビナント酵素として発現し、さまざまな基質を用いてそれらの基質特異性を解析した。 105種類の候補遺伝子のうち、40種類は糖転移酵素、硫酸転移酵素、 糖ヌクレオチド輸送体としての活性を見出した。180種類の糖鎖遺伝子をゲートウェイエントリーベクターに クローニングし、ヒト糖鎖遺伝子ライブラリーとして整備した。これらのクローン化糖鎖遺伝子は、 様々な発現系にて簡便にリコンビナント酵素として発現できる。
これらの糖転移酵素を使用して、できるだけ多種の糖鎖構造を合成した。 この糖鎖ライブラリーを標準品として糖鎖構造解析技術開発に供した。 この構造解析技術を用いれば、糖鎖の知識がなくてもだれでも容易に微量の糖鎖構造を きわめて短時間で解析できる。


田中 博 (たなか ひろし)  東京医科歯科大学
「システム進化生物学の確立に向けて」
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ゲノム、オミックスと発展してきた網羅的分子情報の動向は、近年、生命分子のパスウェイ/ネットワークの 急速な研究の進展を受けて、生命を「システムとして理解する」アプローチに関心を集めつつある。 しかし、このような分子ネットワークは進化的に形成されたものであり、その構造や機能を深く理解するためには、 進化に伴うさまざまな拘束条件のもとで、これら分子ネットワークが複雑化していった過程を捉える必要がある。 従来のように、分子進化は個々の遺伝子の変異やその中立的あるいは選択的固定によって進むのではなく、 最初から遺伝子のネットワークとして出現し、システム的拘束のもとで遺伝子重複によって、 連続的あるいは「入れ子」的階層進化を通して複雑化していったと考えられる。 本講演では、我々が提唱する「システム進化生物学」の概要を説明するとともに、 ボディプランの基本を制御するHOX遺伝子族についてその進化的複雑化をmotif-based な方法で 系統解析した結果およびたんぱく質相互作用ネットワークの進化的形成についての我々の研究を紹介する。


服部 正泰 (はっとり まさひろ)  京都大学
「ケミカルルールとバイオインフォマティクス」
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我々のグループでは、従来のバイオインフォマティクスの手法に留まらず、新たに、ケミカル情報から規定される 生物界の基本ルールを模索する研究を行ってきました。具体的な興味としては、たとえば、生物界がより好んで用いる 化学ルール(化合物の構造であるとか、酵素反応の様式であるとか)はどのようなものなのか、それら特徴的なルールが ゲノムやパスウェイの進化に与える制約はどのようなものなのか、あるいは、複雑な環境を生き抜くために生物が取ってきた 適応戦略とはどのようなものなのか、ということです。これらの解析を実現するために、我々はまず、化合物構造や 酵素反応様式を計算機的に扱えるようにする手法の開発を行ってきました。また最近の話題としては、 酵素反応のプロファイル化から酵素反応を予測する手法の開発、それを用いたパスウェイ解析が挙げられます。 夏の学校では、これら我々の研究成果の一端を紹介するとともに、ケモバイオインフォマティクスとかケミカルゲノミクスとも 呼ばれる新しい研究領域について紹介を行いたいと考えています。


金井 昭夫 (かない あきお)  慶応義塾大学
「バイオインフォマティクスと分子生物学によるRNA制御系の解析」
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私たちの研究グループでは超好熱性古細菌Pyrococcus furiosusを用いて、ポストゲノム時代を考えたRNA研究を、 (1)生命情報科学(バイオインフォマティクス)と(2)分子生物学の両手法を融合する形で展開しようと試みています。 超好熱性の古細菌は進化的に生命の起源に近いと想像されていますので、RNAワールド仮説を考えにいれると、 極めて原始的な菌でRNAの代謝を研究すれば、遺伝子制御の根幹に関わるような発見が出来る可能性があると思えたからです。 まず、古細菌由来の蛋白質ライブラリを作成し、そこに見出される活性を指標に対応する遺伝子を試験管内でより分けるというシステムを構築しました。 このシステムを用いて、特定の配列や構造を有したRNAとの結合などを指標にこれまでに幾つかの蛋白質を同定することが出来ました。 RNAのもつ2次(高次)構造とその結合蛋白質をシステマティックに同定していく研究の重要性について議論したいと思います。


藤山 秋佐夫 (ふじやま あさお)  国立情報学研究所
「生命と生物を見る比較ゲノム研究」
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2003年にDNAの構造発見50周年とあわせてヒトゲノム配列決定完成のセレモニーが世界的に行われた。 しかし、ヒトゲノムの解読完了という言葉のイメージから「ゲノム研究は終わった」という印象を与えた(もしくは利用された) のは遺憾なことであった。
ゲノムの構造決定に取りかかること自体が大仕事だった時期から、そこに書かれた生物学的な意味の抽出と解読が 主要な問題となる時期に到達したことは確かである。 しかし、さまざまな生物のゲノム情報を系統的に解明することの重要性は明白であり、進化という縦軸と多様化という 横軸で織り上げられた地球上の生命システム解明に挑戦する研究者たちの意気込みが続く限りは、 この流れが止まることはないだろう。これらはすべてゲノムという共通の糸で結ばれているからだ。
----- The discoveries arising from the human sequence mount up all the time, but that isn’t really the point. The important thing is that it has entered the fabric of biology, and, like the worm map and sequence before it, will soon no longer be visible as a separate item. That is as it should be. People often talk about the post-genomic era. Wrong. It’s merely the post-hype era. The sequence is now a crucial element in a free and open system of biological information, that will allow knowledge to increase and benefits to accrue faster than in any other way. It is our inalienable heritage. It is humanity’s common thread. ----- John Sulston & Georgina Ferry: The Common Thread (日本語訳書名:ヒトゲノムのゆくえ中村桂子監訳、2003、秀和システム)


近藤 滋 (こんどう しげる)  名古屋大学
「発生における自律的位置情報形成のメカニズム」

動物の形態形成を正確に行うためには、それぞれの細胞が胚における自分の位置を正しく知っている必要がある。 そのための位置情報は何処から来るのであろうか?最近の分子発生学の進展により、卵には初めから シグナル分子濃度の勾配と言う形で、ある程度の位置情報が組み込まれており、初期発生はその情報を 下に進むことが解っている。しかし、背極めて複雑な成体の形態を作るのに十分とは思えないし、多くの生物では、 胚の位置情報(初期条件)を乱しても正しい形態を作ることができる。何か「自発的」に位置情報を作り出す メカニズムが必要である。 チューリングは「化学反応が作り出す波」が胚に位置情報を形成するという理論を提唱した。 理論的解析に寄れば、反応拡散機構は非常にたくさんの複雑なパターン形成現象を説明できるし、 実際に魚に皮膚でそのような波が模様を作っていることが確認されている。しかし、残念ながら未だに分子レベルの 解明には至っていない。 この講演では、発生における反応拡散機構の働き、関与する分子に関して、理論だけでなく、 実際に実験により解析を進めている研究を紹介し、この分野の現状について議論していきたい。


佐々木 顕 (ささき あきら)  九州大学
「宿主と病原体の共進化」
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宿主と病原体の敵対的共進化について、特に制限酵素の認識配列を介するゲノム共進化や抗原エピトープ配列進化による ウイルスと免疫系の共進化について の、以下のような話題を紹介する:
1) ファージゲノムの制限酵素からのエスケープ(restriction avoidance)による単語使用頻度の進化を、 有限オートマトンと正規文法の理論から予測する。
2) 認識配列の一部を共有する制限修飾酵素遺伝子系の競争排他と共存の原理から制限酵素認識配列の進化を論じる。
3) バクテリア抵抗性とファージ感染力の軍拡競争に関する進化実験を紹介し、その理論的検討をおこなう。
4) HIVやEIAVなどの抗原エピトープ変異による、特異的免疫応答からのエスケープという宿主体内のウイルスと免疫系の 共進化動態の理論を紹介する。
5) 多数の接合型(性)をもつ真性粘菌では、ミトコンドリア片親遺伝の方向性に関して多数の接合型が直線順位をなす。 この現象を宿主の核にコードされるエ ンドヌクレアーゼによるミトコンドリアゲノムの選択的切断系の進化として説明する理論を 紹介する。
(略歴) 1989年 理学博士(九州大学)1989年より九州大学理学部助手、1996年より助教授(数理生物学研究室)


村瀬 雅俊 (むらせ まさとし)  京都大学
「自己・非自己循環原理に基づく生命系の発展と崩壊」
−新奇性発現における情報創出の両義性に迫る−
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私たちを取りまく生・老・病・死には、実に様々な多様性がある。しかし、こうした多様性の背後には、 極めて単純な共通原理が働いている。それが「外」の世界を「内」に取り込む自己・非自己循環原理である。 この新しい概念の本質は、従来までの「外」の世界を閉め出す自己組織化原理とは異なり、 「内」なる自己に依拠しながらも、「外」の要素や過程を駆動力として自己自身を超克する生成過程にある。 この生成過程によって発現する新奇性こそ、創造性と破壊性の起源である。
本講義では、私自身が体験したシックハウス症候群のなまなましい実体、その体験を契機として、 基礎物理学研究所で「環境物理学−先端境界領域の創出に向けて」の研究会を立ち上げ、 さらに来年10月に“What is Life ? The Next 100 Years of Yukawa’s Dream”と題して 西宮・湯川国際シンポジウムを開催するはこびとなった学問的背景を、具体例を豊富にあげながら展開したい。

著書: 村瀬 雅俊 「歴史としての生命」京都大学学術出版会 (2000 年)
Masatoshi Murase “The Dynamics of Cellular Motility” Wiley(1992)
予告: International Symposium on“What is Life ? The Next 100 Years of
Yukawa’s Dream”(in October 10−26, 2007 at Kyoto University)
専門: 生命基礎論、生命意味論、メタ生物学


諏訪 牧子 (すわ まきこ)  産業技術総合研究所
「創薬ターゲットとしての膜タンパク質の網羅的解析-Gタンパク質共役型受容体-」

膜タンパク質は、細胞の外界から様々な刺激情報を細胞内に伝達するが、その機能異常が直接重篤な疾病につながるため 創薬の重要なターゲットと言える。特に市場で扱う薬の約半数が、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)関連の 情報伝達の制御を目的とするため、総合的に、機能発現のメカニズムを理解することが強く望まれている。 このことを目的とし、私たちはゲノム配列からGPCRを収集して機能を付加した総合データベース(SEVENS)の構築と、 それを基にした網羅的な解析、および未知GPCRの機能予測法の開発を行っている。
まず、遺伝子発見、相同性検索、モチーフ・ドメイン、膜貫通へリックス予測などのプログラムを最適な閾値、 順番を考慮して組み合せ、GPCR遺伝子をゲノム配列から網羅的に高精度(感度99.4%、選択性96.6%)で 同定するシステムを構築した。SEVENS(http://sevens.cbrc.jp/)には、 このシステムを基にして28種の真核生物の 解析結果が収められており、 “GPCR universe“を俯瞰できると期待している。 講演当日には、GPCRの一種、嗅覚受容体について俯瞰した結果を示す。 未知GPCRの機能予測には、通常の配列検索が適応できる場合は極めて限られている。そこでリガンド, GPCR, Gタンパク質の物理化学的な特徴量とSVMを利用して機能(結合Gタンパク質種)を予測する方法 (GRIFFIN (http://griffin.cbrc.jp))を開発した。
以上紹介したSEVENSとGRIFFINの組合せにより、将来的には全てのGPCR機能を総合的に解析することを目指している。


松末 朋和 (まつすえ ともかず)  持田製薬
「創薬ステップにおける化合物初期探索研究とインフォマティクス」

IT技術の進歩があり、インフォマティクスという技術に注目が集まっている。 ロボット化・コンピュータ関連技術の進歩による大規模解析情報の増大、 PFやSPring-8などの放射工施設の充実による標的構造情報の増加、 化合物のプロファイリングの重要性の浸透など、探索技術や施設・リードの プロファイリングに関する概念も確立されつつあり、これらのツールや情報をうまくつなげて、 創薬に生かしていくことがスタンダードになりつつある。すなわち、単なるデータや分散している情報も、 整理統合され、知識に昇華され、これがマネージメントされることで医薬品探索の効率化が なされていく時代がまさに来ているといえる。
今回の研究会では、特に医薬品の初期探索段階に焦点をあてて創薬における情報 およびその解釈の仕方の重要性について議論したいと考えている。