プロテオーム解析やメタボローム解析の進展によって、細胞の代謝のモデル化とシ ミュレーションが注目されている。細胞の代謝は解糖系、TCA回路、ペントースリン 酸回路、アミノ酸合成、ヌクレオチド合成などを含む大規模なシステムである。同時 に、代謝回路と遺伝子制御ネットワークは相互に影響しているので、非常に複雑なシ ステムである。代謝のシステム生物学においては、代謝反応経路や遺伝子制御ネット ワークの理解、全酵素濃度・全代謝物濃度・代謝流束の測定値に基づいて、モデル化 とシミュレーションへの取組みが重要である。そのような観点から、代謝工学の第一 人者の先生方の講演をいただきます。
13:00-13:10 はじめに
[招待講演]
13:10−14:00 大阪大学 大学院情報科学研究科バイオ情報工学専攻 清水浩 「バイオインフォマティクスデータを統合する代謝情報工学」
14:00-14:50 協和発酵工業株式会社先端バイオ研究所 森英郎 「次世代代謝工学プラットフォーム:大腸菌ミニゲノムファクトリー」
[一般講演]
15:00-15:25 理化学研究所 バイオ・ミメティックコントロール研究センター 田中玲子 「バクテリア代謝ネットワークのscale-rich構造」
15:25-15:50 三菱ウェルファーマ株式会社 齊藤隆太 「心筋細胞におけるミトコンドリアモデルの構築とエネルギー代謝シミュレーション」
[コマーシャルプレゼンテーション]
15:50-16:05 インフォコム株式会社 バイオサイエンス部 データマイニンググループ 金子舞子 「インフォコムが提案する最先端パスウェイ解析ソリューション」
[休憩]
16:05-16:15
[一般講演]
16:15-16:40 山口大学大学院理工学研究科 土井淳 「シミュレーションを前提としたパスウェイのためのペトリネットを用いた知識表現」
16:40-17:05 NTTソフトウエア株式会社ネットワークサービス・ソリューション事業グループ 川路英哉 「配列モチーフ共有タンパク質の同定のための グラフを利用したクラスタリング手法」
17:05-17:30 九州工業大学情報工学部 吉田圭介 「大規模遺伝子制御・代謝ネットワークの動的モデルの最適化」
17:30-17:50 ディスカッション
田中玲子 理化学研究所 バイオ・ミメティックコントロール研究センター
細胞の代謝は、最も単純なバクテリアでも数百の物質や反応が複雑に絡み合い、大き なネットワークを構成している。そこで我々は、生物がなぜ現在のようなネットワー ク構造を採用しているのか、ネットワークの本質的な構成原理を明らかにすることを 目指している。その一つとして、緻密に設計された大局的なバタフライ構造を明らか にしてきた。これは、多種類の栄養を取り込み、少種類のキャリア物質と基本物質を 作った上で、そこから生物に必要な多種類の物質を作るという構造である。その構造 により、環境の変動に対するロバスト性や進化の容易性、代謝の効率など複数の性能 指標がバランスよく実現されていると考えられる。本発表では、バクテリア代謝ネッ トワークのもつ自己非相似なモジュール構造から、ネットワークのグラフ論的性質を 明らかにする。特に、ネットワークの物質ノードと反応ノードそれぞれのリンク数分 布とネットワークの大局的な構造との関係を議論する。
齊藤隆太1、皿井伸明2、松岡達2 1三菱ウェルファーマ株式会社 2京都大学大学院医学研究科
生化学的実験から、心筋細胞ミトコンドリアにおいて、Ca2+はTCA回路中の脱水素酵 素やATP合成酵素を活性化し、ミトコンドリアATP産生能を制御することが示されてい る。また、ミトコンドリア内Ca2+が生理的条件下に変動することが知られている。し かしながら、心筋興奮―収縮連関におけるCa2+変動と、ミトコンドリア機能との関係 は完全には解明されていない。我々は、この問題について、コンピュータシミュレー ションを用いて検討した。酸化的リン酸化によるエネルギー代謝を組み込んだ心筋細 胞の興奮−収縮連関モデル(Kyoto model) (Matsuoka et al., Prog. Biophys. Mol. Biol., 85, 279, 2004) に、ピルビン酸脱水素酵素などのCa2+依存的な脱水素酵素群 を含むTCA回路諸反応と、ミトコンドリアにおけるCa2+ユニポータ、Na+/Ca2+交換を 追加したモデルを完成させた。定常状態において、エネルギー代謝産物濃度は実験 データに近い値に安定した。シミュレーションの結果、生理的な細胞内Ca2+濃度上昇 によって、ミトコンドリアATP産生能が活性化され得ることが示された。
金子舞子 インフォコム株式会社 バイオサイエンス部 データマイニンググループ
近年急速に発展しているインフォマティクス技術を用いることにより、膨大な情報を 効率的かつ効果的に活用することが可能となっている。 システムバイオロジー研究に欠かすことのできないパスウェイ情報をデータベース化 し、必要な情報のみを閲覧し、パスウェイ解析を進めるツールであるPathwayAssist を紹介する。PathwayAssistのパスウェイ情報収集機能はMedScanと呼ばれるテキスト マイニングアルゴリズムであり、文献ベースの大量なパスウェイ情報を速やかにかつ 高精度に抽出することができる。また、科学者が文献情報を精読し、そこに記載され ているパスウェイ情報を集めた商用データベース各種も紹介する。
土井淳1,長崎正朗2,植野和子2,松野浩嗣3,宮野悟2 1 山口大学大学院理工学研究科 2 東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター 3 山口大学理学部
これまでに生物学の蓄積された知識はパスウェイとして表現されてきた。たとえば、 KEGG, BioCyc, TRANSPATHがある。パスウェイという記述スタイルは視覚的な表現で あり、直感的に理解しやすいからである。複雑な制御関係を理解するためにシミュ レーションは力を発揮できる。しかしながら、これらのパスウェイはシミュレーショ ンを前提としたものではない。そのため、これらのパスウェイにはシミュレーション に必要な情報が欠落している。たとえば、同じ分子に結合できる分子間に起きる競合 や、リン酸化されることによって変化する転写活性能などの情報である。これらの情 報は論文中に実験結果として挙げられながらもパスウェイに反映されていない情報で ある。我々は、これからのパスウェイを表現する方法の一つとしてペトリネットを用 いることを提案する。ペトリネットをベースとしたパスウェイ上に、生物学的な知識 を反映できる例を示す。また、シミュレーションを前提とした場合、論文から抽出す べきデータについて考察する。
川路 英哉1, 竹中 要一2, 松田 秀雄2 1 NTTソフトウエア株式会社 ネットワークサービス・ソリューション事業グループ 2 大阪大学大学院情報科学研究科バイオ情報工学専攻
ゲノムやcDNA配列の解読に伴い、膨大な数のタンパク質配列が予測されている。 この中には、その機能が不明であるタンパク質が数多く存在し、生命分子ネット ワークの全体像を解明する上では、これらの役割を明らかにすることが必要である。 タンパク質の機能を予測する上では、配列データベースに対する配列類似性検索の他、 配列モチーフの検索や配列類似性に基づいたクラスタリング等も広く利用されている。 本研究では、同じ配列モチーフを持つと考えられるもの同士を一つのグループ として分類することを目的とした、タンパク質配列のクラスタリング手法を提案する。 各クラスタは、タンパク質を頂点、互いの配列類似性を辺により表現した グラフの再帰的な分割により生成される。Swiss-Protに登録されているヒトの タンパク質配列集合に対して本手法を適用した結果、他の手法よりも多くの タンパク質を、適切に分類できることを示す。
吉田圭介 倉田博之 九州工業大学情報工学部
生命分子ネットワークの動的シミュレーションを行うために、モジュール分割統合法 による大規模生命分子ネットワークの最適化方法を開発した。生命分子ネットワーク のコンピュータシミュレーションにおいては、動的モデル中に含まれる膨大な数のパ ラメータを推定することが重要である。遺伝的アルゴリズムは、システム最適化に大 きな役割を果たしてきたが、計算時間の観点から、探索できるパラメータ数に制限が ある。そこで、一般的探索方法では、最適化が困難である大腸菌のアンモニア同化シ ステムをモデルとして、大規模システムを機能モジュールに分割し、それぞれを最適 化した後、各モジュールを統合して、再度最適化するモジュール分割統合法を提案す る。本方法によって、計算速度が大幅に改善された。