● 巻頭言 ●






バイオインフォマティクス(bioinformatics)は 計算生物学(computational biology)とも呼ばれる新しい学問分野です。物理学や化学では主に計算機の能力の大幅な進歩に伴い、理論と実験に続く第3の領域として、計算物理学や計算化学が位置付けられてます。一方、生物学においては分子生物学の実験技術の進歩に伴い、とくにヒトゲノム計画に代表される大データの生産に伴い、バイオインフォマティクスが誕生しました。物理学や化学では原理的な方法に基づく数値計算が有効であるのに対し、生物学における計算とは蓄積されたデータの中から経験的な知識や法則を発見していくことが中心です。計算生物学よりもバイオインフォマティクス(生命情報学)の方がふさわしい呼び方でしょう。1999年12月13日、日本バイオインフォマティクス学会が設立されました。学会発足の母体となったのは、文部省ヒトゲノムプログラムの中で活動してきたゲノム情報の研究コミュニティです。学会の設立総会も、1990年以来毎年12月に開催されてきたゲノム情報ワークショップの第10回を記念して行われました。ただ、本学会はこれまでゲノム情報プロジェクトの中で行われてきた狭い意味でのバイオインフォマティクスではなく、生命科学と情報科学の境界に位置するより広範な学問分野を想定しています。学問分野の振興だけでなく、そのための人材養成、技術開発と技術移転、情報インフラストラクチャー整備を行うことも、本学会の大きな目的です。また国際的には InternationalSociety for Computational Biology(ISCB)と協力して活動を行っていく予定です。生命科学の研究者にとって現状の大きな問題点は、バイオインフォマティクスがこれからの研究に不可欠な要素となりつつあることは分かるが、具体的にどうすれば有用なデータベースや情報処理技術を開発し、またそれを駆使できる技術者を養成できるのかといったことでしょう。本学会では、学部・大学院レベルでの教育カリキュラムの策定と、中学・高校の先生と生徒への講習を行うワーキンググループを設置しました。長期的には、バイオインフォマティクス技術者養成コースと認定制度の設置なども模索していきたいと考えています。広い意味で21世紀の生命科学は、実験と並んで情報を扱う学問になっていくと思われます。実験生物学が、とくに分子生物学が、生命のはたらきを遺伝子やタンパク質のはたらきとして理解する還元論的アプローチに基づいていたのに対し、バイオインフォマティクスの基本は合成論的アプローチです。すなわち、生命そのものが情報のシステムであり、ゲノムの情報から生命システムの情 報を再構築すること、またその際にプロテオームをはじめ様々な情報を統合することが合成論なのです。このような新しいバイオインフォマティクスを目指して、本学会ではアレイインフォマティクス研究会とバイオシミュレーション研究会を設置しました。生命科学から情報学、物理学、化学など自然科学の広範な分野へ、基礎研究から産業へ、専門研究から一般社会へ、日本から世界へ、そして20世紀から21世紀へ、バイオインフォマティクスは大きな広がりをもたらす学問分野です。多くの方々にご参加いただき、日本バイオインフォマティクス学会を発展させていきたいと思います。

日本バイオインフォマティクス学会会長  金久 實(京都大学化学研究所教授)



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