基調講演

ゲノム情報社会を見据えた医薬の研究と開発

五條堀 孝
アブドラ国王科学技術大学教授 (Distinguished Professor of KAUST [King Abdullah University of Science and `Technology])
早稲田大学招聘研究教授


  2000年にヒトの全ゲノムの塩基配列が決定されて以来約18年の歳月が過ぎたが、ゲノム科学の進展は続き、特にNGS (Next-Generation Sequencer) と言われる次世代の塩基配列決定装置の急速な発展はそのスピードを緩めることなく、超大量で超高速にそして超安価にして膨大なゲノム情報の解読を可能にしてきている。ヒト集団で言えば数十万人の全ゲノム情報の取得を目標としたコホート研究プロジェクトも進行中であったり、現在注目の腸内細菌のいわゆるバイオーム研究ではある種の細菌叢と特定な病気との強い関連が明らかになったりしてきているのは、多くの人達が知っているところである。
  特に、メタゲノム解析の急速な技術発展によって、人体や各種の動植物だけでなく、陸地の土や海水・淡水そして大気や空気においてまでも病原菌を含む微生物やウイルスの多様な存在様式を明らかにできるようになったきた。このように地球全体をゲノム情報の観点から捉えるとき、現代の社会は「ゲノム情報社会」とでも言うべき新しい社会が見えてくる。こうして見えてくる社会の最重課題は、何といっても「遺伝的な要因だけでなく環境と健康福祉や先進医療を総合して理解すること」を標榜する新しい医薬の研究開発ではないかと考える。
 こういった見地に立って、演者は、紅海のサウジアラビア側沿岸から毎月1回定期的に海水を採取し、ショットガンによるメタゲノム解析を行い、得られる塩基配列のビッグデータからウイルスを含む多様な微生物から極めて大量な新規遺伝子を発見し続けている。これらの新規の遺伝子から医薬的に有用な遺伝子や遺伝子産物を見つけるため、バイオインフォマティクスとシングルセルのマイクロドロプレットによるスクリーニングを駆使したパイプラインを構築した。また、それらの遺伝子の実験的な確証を得るために、このパイプラインには枯草菌などを用いたゲノム編集の行程も組み込まれている。
 本講演では、このパイプラインを紹介しながら、ゲノム情報社会を見据えた医薬の研究と開発の今後について議論する。