日本バイオインフォマティクス学会 2020年年会 第9回生命医薬情報学連合大会(IBMP2020)

基調講演

開催日時 タイトル 講演者 座長
9/1(火)11:00〜12:00次世代プロテオミクスが拓く医学生物学の新地平:90年来のがんの謎を解く中山 敬一山西芳裕
(九州工業大学)
9/2(水)11:00〜12:00トランスクリプトームを低分子で操作して難病を治す萩原 正敏
9/3(木)11:00〜12:00複雑系数理モデル学とその生命医薬情報学への応用合原 一幸

基調講演 詳細

  • タイトル
    次世代プロテオミクスが拓く医学生物学の新地平:90年来のがんの謎を解く
    講演者名
    九州大学 中山 敬一
    要旨
    初めてヒトゲノム解読がなされてから15年近く経つが、それでも生命の基本作動原理の理解には遠く及ばないのが現状である。その最大の理由は、細胞活動の直接の機能分子がゲノム(DNA)ではなく「タンパク質」であるからである。多くの研究者はタンパク質の性質の解明には力を注いでいるものの、「量」については驚くほど大雑把であるが、精密なタンパク質定量は数理科学の導入にとって必須である。われわれは全てのタンパク質を絶対定量するため、ヒトの全リコンビナントタンパク質25,000種を試験管内で合成し、この情報を基に高速ターゲットプロテオミクスで短時間に多数のタンパク質の絶対定量を可能にする技術(in vitro proteome-assisted MRM for Protein Absolute QuanTification: iMPAQT)という方法を発明した(特許第5468073号)。このiMPAQT法を用いて多くのタンパク質の絶対定量を行った。特に正常細胞とがん細胞について、その代謝状態の変化をもたらすキー酵素を探索した。この結果、がんにおける代謝シフトは、炭素ソース利用をエネルギー産生から高分子化合物合成へリモデリングする大規模な適応戦略であることが明らかとなり、今までワールブルグ効果として知られていた好気的解糖シフトは、その一部を見ているに過ぎないことが判明した。さらに主要な窒素源であるグルタミン代謝もがんでは大きくシフトしていることを発見した。われわれはこれを「第二のワールブルグ効果」と呼び、そのキー酵素を同定することに成功した。このようにiMPAQT法を駆使してがん代謝の全貌を解明することによって、その性質と治療標的が浮かび上がってきた。
  • タイトル
    トランスクリプトームを低分子で操作して難病を治す
    講演者名
    京都大学 萩原 正敏
    要旨
    人類は7,000以上の遺伝病に罹患し約35%が異常なRNAスプライシングを伴う。そこで我々は、薬剤でRNAのスプライシングパターンを変化させることにより先天性の難病を治すことは可能ではないかと考え、RNAスプライシングパターンの変化を生体内で可視化する技術を開発し、ASD1などスプライシング制御因子をクローニングし制御機構を解明するとともに、遺伝病治療薬候補化合物を開発している。我々の開発した化合物はCLKに結合してSR蛋白質のリン酸化状態を変化させることから、リン酸化依存的RNAスプライシング制御機構が明らかとなった。我々のスプライシング操作薬は特定の変異を有する患者に対する精密治療を目指すものであるが、核酸薬スピンラザとは異なり安価に合成でき経口投与も可能で、家族性自律神経失調症、デュシェンネ型筋ジストロフィー、心ファブリ病、嚢胞性線維症、QT延長症候群などの患者細胞で有効性が確認された。また上記の研究途上に、種々のウイルスRNA合成を特異的に阻害する画期的な抗ウイルス薬FIT-039を見出し、疣贅や子宮頚癌に対する医師主導第1/2相臨床試験が進行中で、新型コロナウイルスへの効果も検討されている。
  • タイトル
    複雑系数理モデル学とその生命医薬情報学への応用
    講演者名
    東京大学 合原 一幸
    要旨
    本講演では、様々な複雑系を数理モデリングや数理データ解析で研究するために構築してきた「複雑系数理モデル学」の方法論の概要を説明するとともに、典型的な複雑系である生命システムを対象とする生命医薬情報学への応用可能性を論じる。特に、発病の予兆を発病前に検出するために提案したDNB理論(DNB:Dynamical Network Biomarkers、動的ネットワークバイオマーカー)に関して詳しく紹介し、計測された生命システム・ビッグデータのみを基にしてモデルフリーに疾病前状態を検出して治療する「個別化先制治療」の概念とそのために必要な創薬等の課題を数理的観点から考える。